「きょうの晩ごはん」あとがき

みんなが外に出ない、というあり得ないようなことが起こった。3月頃は「後にも先にもないような経験」みたいなことが囁かれていた。たしかにそうだったし、7月現在でも今までに経験したことのないような緊張感とか不安感に包まれている。3月下旬に父が転勤になって東京に引っ越してきた。一緒には住まないことになったけれど、割と近くのアパートで、家が使えるようになるまでうちに泊まっていた。姉も仕事が落ち着いていたし、久しぶりに、というか父はずっと単身赴任だったのでほとんど初めて3人で食卓を囲むことになった。晩ごはんだけ、姉と交代制でつくって、食べる。二週間くらいしたら、引っ越しの手伝いをして、父はそっちの家で寝ることになった。ちょうどそのころ緊急事態宣言が出るかどうか、みたいなニュースが流れていた。案の定、姉の仕事はストップし、父はテレワークになって、晩ごはんを食べる時間はそのまま残った。せっかくなので、もてなすというか、きちんとふるまうみたいなことをやってみることにした。明日も食べることを見越して仕込む。ごはんを作ることで、生活の時間が長くなっていくような感覚があった。日を繰り返すごとに、画面の向こうの出来事に怒る人が増えていった。状況は悪くなって、嬉しくないニュースばかり目に入ってきた。きちんとおすそ分けは出来ないけれど、ふと、気が休まる時間が、息抜きできる画面が表示されることを願って毎日ごはんの写真を載せることにした。ほんとうに食べるのは父と姉とぼく。だけど、後半はもっと多くの人に向けてつくっていたような気がする。「きょうの晩ごはん」は家族3人で食べる間記録するつもりだったので、姉の仕事が再開したことを受けて、いったん区切りをつけることになる。けれど、浅草のアパートの六階でせっせとごはんをつくっている人がいることを、ときどき思い出してほしい。みんな、知らないところで生きてることが、確認できる時間になればいいなと思っている。

2020.07.02